基礎知識

そもそもアジャイルマーケティングとは何か

この記事の要約

一言で言えば「アジャイル開発をマーケティングに応用する」だけであるが、アジャイル開発がうまく市場に浸透していない現状を踏まえ、まずは「変化が激しく将来の予測が難しい環境への解決策」としてアジャイルという概念が生まれた歴史的経緯を紹介する。

アジャイル開発のことをご存じであれば、アジャイルマーケティングとは「アジャイル開発で培われたノウハウをもとに短いサイクルで業務改善を反復し、より速いスピードで無駄を省きながらマーケティングチームのやる気を高めるための新しいマーケティング手法」とお伝えするだけで十分かもしれません。

ここではアジャイルという言葉に馴染みがない方にもアジャイルマーケティングとは何かをご理解いただくために、まず背景として「アジャイル」という言葉が生まれたソフトウェア開発の歴史について簡単にご紹介いたします。アジャイルマーケティングの定義が知りたい場合は、こちらの記事をご覧ください。

システム開発ライフサイクル(SDLC)について

1970年代から、多くのシステム開発プロジェクトにおいて、SDLC(System Development Life Cycle)と呼ばれる、要件の収集・分析・設計・構築・テスト・保守といったフェーズ(段階)からなる方法論が使われています。*1

しかし、高い安全性が求められるシステム開発では最初から「完璧な」要件定義が求められるのに対して、ネットショップのシステム開発では顧客のフィードバックや行動に適応させながら開発するのが一般的なため、(SDLC自体は役に立つ方法論ではありますが)どんなシステム開発にも最適な開発モデルというものは存在しません。*2

そのため、SDLCの中で様々な開発モデルが誕生してきました。中でも最もよく知られているのが「ウォーターフォール」と「アジャイル」と呼ばれるアプローチです。*3

ウォーターフォールでは一連の活動が前もって計画され、進捗は計画に対して計測されるのに対して、アジャイルは素早く変更を行い、顧客にとって価値のあるものを開発するために積極的に変化を許容することが前提となっています。*4

言い換えれば、ウォーターフォールは「企業中心の計画駆動型アプローチ」であるのに対して、アジャイルは「顧客中心の価値駆動型アプローチ」ということです。

ウォーターフォールの特徴と利用すべき状況

システム開発におけるウォーターフォールは、特に大きなソフトウェア開発プロジェクトにおいて進行を予測し、適切に管理を行いたいというニーズから生まれた開発モデルです。*5

そして、その名前(ウォーターフォール=滝)が意味する通り、一連の各フェーズを終えた後は、前のフェーズには戻らないことを前提としています。

画像:Waterfall model (Royce, 1970, p. 329)*6

各フェーズにはバリエーションがありますが、上記のように「システムの要件定義」からスタートして、「ソフトウェアの要件定義」「分析」「プログラムのデザイン」「コーディング」「テスト」「運用」と進めていくのが一般的なウォーターフォールの流れです。

「各フェーズで必要なタスクはプロジェクトの初めに定義され、各フェーズは専任のスペシャリストが担当する」というこの分かりやすいアプローチは、プロジェクトの要件が変化しない場合には最も優れた開発モデルであると言えます。*7

アジャイル開発誕生の理由

逆に言えば、要件が絶えず変化するような開発プロジェクトでは、ウォーターフォールを利用することのデメリットの方が大きくなるということです。

そこで、要件が絶えず変化する開発プロジェクトに対応できるように1990年代から生まれ始めたのが「スクラム」を始めとしたアジャイルと呼ばれる新たなアプローチです。スクラムと併せて「カンバン」と呼ばれるフレームワークもよく利用されており、ご存じの方も多いかもしれません。

ここで押さえていただきたいことは「変化が激しく将来の予測が難しい環境への解決策」として、アジャイル開発というアプローチが生まれたということです。

ウォーター・スクラム・フォールの発生

「まず要件を集め、その内容を分析し、スケジュールや進め方を考えて実施する」というアプローチは、システム開発に限らず、日常生活から仕事のプロジェクトマネジメントまで、様々な場面で使われているので馴染みのある手法でしょう。

プロジェクトマネジメントの文脈では、日本ではアメリカ発祥のPMBOK、ヨーロッパでは国連でも使われているイギリス発祥のPRINCE2というフレームワークがよく利用されています。

各手法ともにアジャイルでの利用も可能だと言われていますが、感覚的にも理解しやすく馴染みの深いウォーターフォール型の進め方になってしまっていることが多い印象です。

同じく、アジャイルのフレームワークを利用していても、マインドセットがウォーターフォールのままになっていることも少なくないため、結果として「ウォーター・スクラム・フォール」と呼ばれるアプローチが誕生しています。ソフトウェア開発業界ではこのアプローチがデファクトスタンダードであるという研究もあるほどです。*8

「なぜこのハイブリッドなアプローチが生まれたのか」という考察は別の機会に譲るとして、これがソフトウェア開発の進むべき道なのかどうかと言われれば、そうではないでしょう。

と同時に、それだけ「アジャイルのマインドセットを身に付けることは難しい」ということがおわかりいただけるかと思います。

結局アジャイルマーケティングとは何なのか

従来のウォーターフォール型のシステム開発では対応できない「変化が激しく将来の予測が難しい環境への解決策」として、アジャイル開発は生まれました。

そして、マーケティングにも「VUCA」とも呼ばれる「将来の予測が不可能な混沌な時代」が訪れており、アジャイル開発で培われた手法をマーケティングに利用するためのフレームワークとして、アジャイルマーケティングが誕生しました。

「アジャイルマーケティングとは何か」という疑問に対して、AgileMarketing.netの創立者であるJim Ewel氏の下記の見解(英語)がよく紹介されています。

アジャイルマーケティングのゴールはマーケティングのスピード、予測精度、透明性の改善と、マーケティング機能の変化に対する適応能力の向上です。

一言で言ってしまえば「アジャイル開発をマーケティングに応用する」だけなのですが、アジャイル開発とアジャイルマーケティングがまったく同じというわけではありません。

そもそもアジャイルとは何かが明確ではない状況の中で、細かな差異や手法だけをご紹介してしまうと「ウォーター・スクラム・フォール」のようなアプローチにつながる恐れがあると考え、アジャイルマーケティングとは何かをなるべく正確にご説明するために、この記事では「アジャイル誕生の歴史とその習得の難しさ」をご紹介しました。

定義としては曖昧ですが、

「アジャイルなマインドセットをベースにマーケティングを行うこと」

これが最もアジャイルマーケティングの本質を表しているのではないでしょうか。

参考文献

  1. Avison, D., & Fitzgerald, G. (2003). Information systems development: methodologies, techniques and tools. McGraw Hill.
  2. Sommerville, I. (2011). Software engineering (9th ed). Boston: Pearson.
  3. Isaias, P., & Issa, T. (2015). High level models and methodologies for information systems. Springer.
  4. Conboy, K. (2009). Agility from first principles: Reconstructing the concept of agility in information systems development. Information Systems Research, 20(3), 329–354.
  5. Kauppi, J. (2013). Experiences of New Approaches to UI Software Development: Comparing the Waterfall and Agile Processes.
  6. Royce, W. W. (1970). Managing the development of large software systems. In proceedings of IEEE WESCON (Vol. 26, pp. 328–338). Los Angeles.
  7. Bannink, S. N. (2014). Challenges in the Transition from Waterfall to Scrum – a Casestudy at Portbase (Vol. 20). University of Twente.
  8. Theocharis, G., Kuhrmann, M., Münch, J., & Diebold, P. (2015). Is Water-Scrum-Fall Reality? On the Use of Agile and Traditional Development Practices. In P. Abrahamsson, L. Corral, M. Oivo, & B. Russo (Eds.), Product-Focused Software Process Improvement (pp. 149–166). Springer International Publishing.