基礎知識

アジャイルマーケティングの定義とアジャイルマーケティング宣言

この記事の要約

アジャイルマーケティングの定義は様々。大切なのは定義を暗記することではなく、アジャイルマーケティングの実践に求められるマインドセットを表した「価値基準」や「原則」の意味を理解すること。

1つではないアジャイルマーケティングの定義

私がインストラクター認定を受けたAgile Marketing Italiaでは、アジャイルマーケティングの定義を「自己組織化されたチームがデータをもとにマーケティングプログラムを素早く見込み客 / 顧客に届ける方法」としていますが、あまり定義自体に力を入れておらず、むしろ「マインドセット」が鍵であることをコースを通じて強調しています。

Agile Marketing Italiaが提供しているアジャイルマーケティング資格コースのスライド1枚目。マインドセットを支える形で「価値基準(Values)」「原則(Principles)」「実践方法(Practices)」が順に描かれている。

他にも様々な定義がありますが、ICAgile認定アジャイルマーケティング資格(ICP-MKG)創立者の一人であるAndrea Fryrear氏は、こちらの寄稿記事(英語)の中でアジャイルマーケティングをこのように定義しています。

アジャイルマーケティングは、チームが価値の高いプロジェクトを見つけ、チーム全体のエネルギーをそこに集中させるための戦略的なマーケティングアプローチの1つです。また、単純にマーケターであることのストレスを軽減してくれる方法でもあります。それだけでも十分価値のあるものです。

ただ、このような定義を覚えてもアジャイルマーケティングの実践には役立ちません。

アジャイルはスクラムのようなフレームワークを使うこと自体が大切なのではなく、根底に流れるマインドセットを理解した上で実践する必要があります。

そこで、ここからはアジャイル(マーケティング)のマインドセットと、それを支える価値基準と原則をご紹介します。

アジャイルマーケティング宣言

1990年代からアジャイル開発が生まれ始め、2001年にスクラム、XP(エクストリームプログラミング)、DSDM(Dynamic Systems Development Method / 動的システム開発手法)、ASD(Adaptive Software Development / 適応型ソフトウェア開発)、クリスタルなどのアジャイル開発手法の代表者たちが集まり、アジャイルソフトウェア開発宣言が作成されました。

そして、このアジャイルソフトウェア開発宣言をもとに、2012年にアジャイルマーケティング宣言(英語)が作成されています。これらの宣言(マニフェスト)に書かれている価値基準および原則が、どのように「変化が激しく将来の予測が難しい環境への解決策」として期待されるアジャイルマーケティングの習得に役立つのかを、もう少し詳しく見ていきましょう。

アジャイルマーケティングの7つの価値基準

2019年8月時点ではアジャイルマーケティング宣言の公式な日本語訳がないため、私が翻訳した訳文(Business Agility Instituteにて採用)をご紹介します。

なお、これらの価値基準は確定事項というわけではなく、現在進行形で改良が続けられています。

①意見や慣習よりも「検証された学び」を

チーム内の経験豊富なメンバーやマネージャーの意見、業界で今まで行われてきた慣習などをもとに施策を進めるのではなく、実行、計測、学びのフィードバックを通じて何が効果的なのかを検証し改善し続けるというプロセスこそが、アジャイルマーケティングの本質です。

②サイロやヒエラルキーよりも「顧客のための協調」を

サイロ(縦割り)の部署間による縄張り争いや社内政治が横行し、ヒエラルキー(ピラミッド型の階層組織)内のマネージャーのみが意思決定を行うような環境でマーケティングを行うよりも、「顧客にとって価値のあることは何か」ということに焦点を絞ってチームが一丸となって協調する方が効果的なことは言うまでもありません。

③大規模よりも「適応力がある反復型キャンペーン」を

大きなインパクトを与えたいと長期間にわたって計画を練り上げ、1回限りのキャンペーンを行い、失敗するか成功するか(または成功したように正当化する測定基準を準備する)というアプローチを取るよりも、小規模で素早くキャンペーンを行い市場の反応を見ながら、時には当初の想定とは全く違うものへのピボット(方向転換)も含めて随時調整を行える反復型のキャンペーンを行う方が望ましいと考えます。

④静的な予測よりも「顧客発見のプロセス」を

一度予測を行えば十分と言えるほどに、顧客は整然とわかりやすい形で行動してくれるわけではありません。顧客を理解することは難しいですが、絶えず顧客に敬意を表し、一貫した関わり合いを持ちながら、少しずつ着実に顧客のことを知っていくことこそがマーケティングです。

⑤融通が利かない計画よりも「柔軟性」を

変化が激しく将来の予測が難しい環境の中で戦うマーケターにとって、計画は変化に適応できるだけの柔軟性がなければ意味がありません。第34代アメリカ合衆国大統領アイゼンハワー氏の名言「計画は役に立たないが、計画することは不可欠である」が示す通り、計画そのものに意味はないということです。

⑥計画に従うことよりも「変化への対応」を

この価値基準はアジャイルソフトウェア開発宣言と同じものです。

⑦いくつかの大きな賭けよりも「たくさんの小さな実験」を

上記③の価値基準と重複している印象もありますが、アジャイルマーケティングはキャンペーンに限らずマーケティング活動のすべてにおいて、小さな実験から得られた顧客に関するインサイトを活用することを推奨していると私は理解しています。

アジャイルマーケティングの10の原則

上記7つの価値基準を補足するための10の原則(候補)もアジャイルマーケティング宣言のWebページ(英語)にて紹介されています。価値基準と同じく、私が翻訳した訳文をご紹介します。

  1. 私たちにとって最も優先順位の高いことは、問題を解決するマーケティングによる素早く継続的な価値提供を通じて、顧客に満足していただくことです。
  2. 私たちは変化を歓迎し、変化に備えます。変化への迅速な適応能力は、私たちの競争優位性の源です。
  3. マーケティングプログラムの頻繁な提供を行います。期間はなるべく短くすることを優先し、数週間から、長くても数ヶ月までを基本とします。
  4. 素晴らしいマーケティングには経営陣、営業、開発といったチームとの密接な協力が欠かせません。
  5. 意欲のあるメンバーを中心にマーケティングプログラムを作り上げます。彼らが必要とする環境とサポートを提供し、やるべきことを成し遂げると信じて仕事を任せます。
  6. 実行、計測、学びのフィードバックを通じて得られた経験こそが、進捗を図る一番の目安です。
  7. 持続可能なマーケティングを行うために、一定のペースとパイプラインを保つ必要があります。
  8. 失敗を恐れません。ただし、同じ失敗は犯しません。
  9. マーケティングの基本と良いデザインへ継続的に注意を向けることが、組織のアジリティを高めます。
  10. 簡潔さが必要不可欠です。

マインドセット自体は変わりませんが、アジャイルマーケティングの価値基準および原則は実務者が増えるとともに改善し、時代とともに変化させていく必要があります。

今回ご紹介した価値基準と原則が「正解」ではありませんが、アジャイルマーケティングのマインドセットを理解するために少しでも皆さんのお役に立てば幸いです。